コロナ禍で摂食障害も激増。痩せ姫は時代の翳りとともに戦い続ける非凡な存在である【宝泉薫】
なお、感染症の世界的流行と摂食障害というつながりから、思い出す文章がある。1986年に出版された『彼女たちはなぜ拒食や多食に走る。』(鈴木裕也)の帯に書かれた推薦文だ。
「食行動異常。それはあるいは、AIDSよりもさえ恐しいかもしれぬ、二十世紀の『死に至る病』である」
で始まるその文章を書いたのは、評論家の中島梓。彼女は摂食障害を「種としての存続の本能、そのものに忍びよってくる、いわば人類という種そのもののガン細胞」だとして、こう続けた。
「なぜならば、それは我々の本能自体が病み、生存への基本的な欲求をさえ見失いかけたことのあかしであるからだ。アイドル歌手のあとを追って若者は死に急ぎ、学校ではいじめによる自殺者がふえつつある。食行動異常もきわめて顕著な、現代そのものの内包する病根の突出である」
ここから40年近くがたった今、AIDSにはもう「死に至る病」というイメージはないだろう。おそらく、摂食障害のほうが死亡率は高いし、予後もよくないはずだ。また、食の混乱だけでなく、恋愛や妊娠、出産といった性についても混乱をもたらすという意味で「人類という種そのもののガン細胞」という表現もけっして大げさではない。
ちなみに、中島はこの5年後に出した評論集『コミュニケーション不全症候群』において、拒食症に言及。健全なコミュニケーションから逃げる方法として、男性のオタク化、女性の拒食症やBL嗜好を対比させつつ、それが人類の未来に及ぼす悪影響を指摘した。
ただ、その姿勢は過激すぎたきらいもなくはない。彼女自身がBL好きな腐女子的原点を持ち、創作の成功によって成熟と社会適応を果たしていったからか、それこそ逆に、中二病的なこじらせを引きずり続けることへの拒絶反応、その否定の強さが引っかかるのだ。
たとえば『仮面舞踏会』という小説がある。栗本薫の名で作家としても活躍した彼女が95年に書いたものだが、パソコン通信という新たなコミュニケーション空間を舞台に、そこでの歪んだ人間関係がリアル空間にもたらしてしまう悲劇を描いた傑作だ。
その歪みを象徴する存在として、姫野というオタク大学生と「姫」というハンドルネームを名乗る年齢不詳的な拒食女子が登場する。そういう意味では痩せ姫小説のひとつといえるが、筆者は長年、これを読むことを避けてきた。「姫」の容姿や性格がかなり醜悪に書かれていると耳にしたからだ。
そんな小説を今回、初めて読んでみた。「姫」の描写についてはだいたい予想通りだったが、改めて考えたのは中島(ここでは栗本)がなぜ、こういう書き方をしたかということだ。
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『痩せ姫 生きづらさの果てに』
エフ=宝泉薫 著
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